「いままでありがとう!羽鳥駅舎」お別れ会開催 ~羽鳥駅の今むかし②

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小美玉市にある唯一の鉄道駅、羽鳥駅(JR常磐線、同市羽鳥、1日あたりの平均乗車客数は1797人[*1])の新駅舎が2020年2月に完成。2021年3月には駅周辺整備事業も完了しました。このシリーズでは羽鳥駅にスポットを当て、さまざまな角度からレポートします。

*1 2020年度国土交通省調べ、降車人数は含まず

2017年、駅舎建て替え工事が始まり、2019年、新駅舎の一部供用が始まると木造の旧駅舎は取り壊されることになりました。解体を惜しむ住民の声が高まり、2019年6月17日、お別れ会「いままでありがとう!羽鳥駅舎」が開催されました(小美玉市主催)。参加した地域の住民約180人は、駅舎内に展示された旧駅舎(昭和から平成期)の写真を見たり、記念写真を撮って別れを惜しみました。駅舎の一角に置かれたメッセージノートには、たくさんのコメントが書き込まれました。

※「いままでありがとう!羽鳥駅舎」開催をお知らせするチラシ
※旧駅舎に寄せられたメッセージ
※設置された展示

 旧駅舎がいつ建てられたのか、詳しいことがわかる資料はJRに残っていません。しかし、開業当時の駅舎がずっと使われてきたことを示した一文を、旧美野里町発行の『広報みのり』の中に見つけました。1979年12月発行No.164に、羽鳥駅舎改装を伝える記事があり「従来の羽鳥駅舎は、国鉄常磐線が開業した明治28(1895)年に建てられ、現在まで80年以上を経た古い建物で」と書かれていました。1991年にも駅舎改修が行われています。サッシの交換や屋根の吹き替え、自動改札の導入など改装・改修を繰り返しながら、明治期に建てられた駅舎が使われてきたようです。

※『広報みのり』

 旧駅舎は西側にしか改札口がなかったので、東側から徒歩で駅を利用する人のために跨線人道橋(こせんじんどうきょう、以下跨線橋)が作られていました。1985年3月の完成時は踏切を渡らずに改札口に行けると住民に喜ばれました。跨線橋は鉄製で、通路部分(幅4m、長さ41m)は見晴らしがよく、地域を見渡すことができました。隣の竹原地区で行われた、夏休み恒例の「ふるさとふれあい祭り」(小美玉市主催)の花火もよく見えたので、祭りの夜は近所の住民が集まり交流の場にもなっていました。しかし、近年はエレベーターの設置を求める意見が多く、バリアフリー化した東西自由通路が作られることになりました。自由通路が完成すると、役目を終えた跨線橋は解体されました。

※以前あった跨線人道橋

駅前に住む女性(43歳)は、旧駅舎が開業当時から使われてきたことを知り、懐かしそうに話しました。「とてもかわいい駅舎でした。計算すると、124年間も働いてくれていたんですね。子どものころ、駅周辺は私たちの遊び場でした。当時の駅員さんは改札口に立って、切符を切るハサミをテンポよく鳴らしていたことを思い出します。夏の夜は、跨線橋の階段の照明に集まったカブトムシを目当てに何度も通いました。高校生のときは、毎日ここから電車に乗って通学しました。思い出がいっぱい詰まった旧駅舎や跨線橋がなくなってしまって残念です」。

※旧駅舎記念のタイル

完成した新駅舎西口の階段とタクシー乗り場付近の足元には、旧駅舎を記念した2枚のタイルが埋め込まれています。旧駅舎の南端北端がそれぞれのタイルのある位置です。「以前の姿を思い出として残したい」という住民の思いが形になりました。

役目を終えた旧駅舎をねぎらい、これからも多くの人々の記憶の中に思い出として残ることを願います。そして新駅舎がずっと人々に愛され、住みよいまちの拠点になることを期待してエールを送ります。

※羽鳥駅東側の桜(2006年撮影)

取材協力:小美玉市
写真提供:小美玉市、池田光一さん、坂野しげ子さん

新駅舎と東西自由通路完成 ~羽鳥駅の今むかし① | TOWN JOURNAL OMITAMA (タウンジャーナル 小美玉) (townjournal-omitama.com)

駅開業当時の様子 ~羽鳥駅の今むかし③ (townjournal-omitama.com)

語り伝えられてきた、おだんキツネの話~羽鳥駅の今むかし④ (townjournal-omitama.com)

  • コメント ( 4 )

  1. jimi

    跨線橋からみた花火、懐かしいです。
    子供の頃、大雪が降った際には、人が階段を歩けるよう跨線橋に積った雪を片側に寄せ、その寄せた雪を固めて滑り台にし、みんなで汗だくになりながらソリ滑りをしたのを思い出しました。
    このように旧駅舎と跨線橋が記事となり、また懐かしい姿を拝見できることが羽鳥駅ファンとして嬉しいです。

  2. 瀧澤比佐乃

    jimi様
    懐かしい思い出を紹介して頂き、ありがとうございます!
    私のことと重ねながら、ソリ遊びの様子を思い浮かべました。
    今の子どもたちにも楽しい思い出をたくさん作ってもらいたいですね。
    シリーズ③④でも昔の様子を紹介させていただきます。
    ご覧いただけたらうれしいです。

  3. 佐藤学

    毎年春になると駅近くに咲き誇った桜の木が何本も切り倒されてしまいとても悲しくなりました。
    またいつの日か綺麗な桜が咲き誇る羽鳥駅が見たいです。

    • 瀧澤比佐乃

      佐藤学様
      コメントありがとうございます。
      羽鳥駅の桜が少なくなってしまい、私も残念でなりません。
      子どもの頃、木登りした桜も、学生時代駅のホームから眺めた桜も徐々に切られて、現在は駅舎の北側の数本が残るだけになってしまいました。
      再びたくさんの桜が植えられること、私も願っております。

瀧澤比佐乃

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